「大人しくお縄につけ、この逆賊が!!」
エルネスの先ほどの態度を警戒してだろう、兵士達が腰につけていた剣を抜いた。切れ味が
良さそうな剣が、店の電球の光を受けてキラリと光る。その様子に、エルネスは考えるのを
ぴたりとやめた。そして、目をゆっくりと細める。
その様子は、さきほどの静かな怒りでもなく、あの口が悪いつっかかった状態でもなかった。
どちらかというと、そばにいるソルアのように無表情というのが一番正しい感じだろう。そ
して細められた赤目は、ゆっくり兵士達の抜いた剣を眺めている。先ほどまでと、またがら
りと雰囲気の変わったエルネスに、兵士達もゴクリとつばを飲んだ。
「三つ目だ。」
そう呟いたエルネスの声は、静かで、そしてどこまでも冷たかった。
「三つ目だ…お前達。」
三つ目と言われても、兵士達には何のことだかさっぱり分からない。ただ、エルネスの声に
疑問はすべて封じられている。
「お前らは、俺が問答無用でシメる条件に該当しているんだよ。しかも三つも。そんでもって―。」
そういいながら、ゆっくり兵士達の剣を指さした。
「それが最大の禁忌だ。」
その声が兵士達の意識が消える前に最後にきこえた声だった。







「リーム?大丈夫か?」
さっきまでの様子が嘘のように、エルネスは母親の陰に隠れて震える少女に優しく話しかけ
ていた。リームは、おそるおそる母親のスカートの裾から顔を話すと、自分と同じ目線のと
ころまで、しゃがんでいたエルネスをじっとみる。その目には所々涙が伝った跡があり、痛
々しかった。
「ごめんな、怖かったよな。でも悪い奴らは全部俺がやっつけたからな。」
そういって、いつものようにエルネスがにっ、と笑うとリームも涙を止めて口を開く。
「怖い人、もういない?」
「ああ!リームやリームのお母さんをいじめるような人はいないぞ。怖い人は全部俺が懲らし
めといたからな。」
安心させるように、エルネスはリームの頭を撫でながら力強く言った。
「この国に怖い人は、長くは居座っていられないんだ。俺がいるからな。」
得意げにそう言うと、リームもようやく少し笑ってくれた。その様子を見て、母親もほっとし
たのか、リームに部屋に戻るように優しく促した。
「エル、また来る?」
リームが戻る途中で振り返ってそう聞いてきた。
「おう、お前のリットになついてもらわなければならないからな。また指を噛まれたら嫌だし。」
その返答にリームの顔も明るくなる。
「リット、お野菜をくれる人が好きだよ。」
「オッケー、樽単位で持ってきちゃる。」
エルネスの言葉にリームは笑いながら部屋へと戻っていった。その姿が消えると、エルネス
はふとリームの母親の方をみた。
「すみません、騒がしてしまって。」
そう言ってエルネスは深々と頭を下げる。リームの母親は、少し困ったような、笑ったよう
な表情で言葉を返した。
「あなたのせいじゃないわ、エル。ほとんど成り行きみたいなものだったわ。」
「しかし、俺があいつらにつっかかったのも確かです。」
「らしくないわね、自分の態度の反省なんて。」
頑なな返答しか返さないエルネスに、リームのお母さんは小さな子に言い聞かせるように優
しく、穏やかに言う。
「それに、彼等に静かにしろと怒ったのも、リームのためでしょ?」
当たりだったのか、エルネスからの返答はなく目線も横へふい、とそらされる。ちょっと間
を置いて、きまりが悪いのかエルネスはボソボソと呟いた。
「俺にとってもああいうのは未だに虫酸が走るんですよ。」
怒りというよりも、それは嫌悪に近い感情だった。兵士の態度によって思い出された過去の
記憶がエルネスをその感情へ駆り立てていた。
「私たち大人でもそうなのに、あなたやリームが反応するのは無理もないわ。」
「もう…二年なんですがね…。」
 遠い眼をしたまま、誰にいうわけでもなくエルネスはポツリと呟いた。





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